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1. 魚の名前と種類について

タンガニイカ・シクリッドの魚種名?

タンガニイカ・シクリッドは、ゼブラダニオ、ネオンテトラのような分かり易い名前(俗名、和名や英名)で呼ばれることは殆どなく、多くはキフォティラピア・フロントーサ、トロフェウス・モーリィ、キアソファリンクス・フォアイなど、学名(Cyphotilapia frontosaTropheus mooriiCyathopharynx foae)のカタカナ表記で呼ばれています。ちなみに、キフォティラピア・フロントーサは、ドイツではTanganjikasee-Beulenkopf(タンガニイカ湖のコブ頭)と呼ばれることもあるようですので、ポピュラーな魚種には俗名を使う国もあるようです。学名は長いので省略して、フロントーサ、モーリィ、フォアイと表記することもありますが、それでは1種に決まる場合と他の魚とまぎらわしい場合があります。また、キフォティラピア・フロントーサ “キゴマ”(Cyphotilapia frontosa “Kigoma”)、トロフェウス・モーリィ(レッドレインボー)(Tropheus moorii (Redrainbow))など、後ろに産地名や特徴を表す言葉をつけて、同じ魚種でも他と区別することもあります。
 

学名?

学名とは「国際動物命名規約」(2019年現在は1999年公刊の第4版が正式)に則って付けられた学術上の名前です。1758年にリンネという学者(その当時生物の分類をしていたのは科学者ではなく博物学者だと思います)が提唱した属名と種小名(種の名前)による二名式命名法が基本になっています。Cyphotilapia frontosaの場合、Cyphotilapiaが属名、frontosaが種小名です。通常、複数の種が集まって1つの属を構成しますが、1種のみの場合もあります。例えば、Cyphotilapia属の種は2019年現在frontosagibberosaの2種ありますが、2003年まではfrontosa1種のみでした。(この2種に分類できない集団が確認されているため、今後3種以上に増えると予想されているようです。)属名は頭のみ大文字で書き、種小名は全て小文字で書きます。略すときは、C. frontosaのように属名を頭文字とドットにするのが普通でfrontosaのみではあまり使いません。正式な論文などでは、一回目はフルネームを書き、二回目からは省略形になっていることが多いようです。学名は通常、斜体(イタリック)で記しますが、地の文が斜体のときは正体にします。また、手書きやタイプライターの場合は下線を引くのが普通です。全ての動物を通じて、別の属が同じ属名を持つことはありません。(動物以外も含めると同じ属名が使われている場合があるようです。)ただし、別の属に含まれる別の種は同じ種小名をもつことがあるので注意が必要です。例えばDimidiochromis compressicepsAltolamprologus compressicepsのように、単にコンプレシケプス(compressiceps)と書くとどちらか分からなくなります。

学名の後ろに正体文字でCyphotilapia frontosa (Boulenger)のように命名者名、或いはCyphotilapia frontosa (Boulenger, 1906)のように命名者名と記載年を付けるとより厳密な表記になります。記載とは、学術的な出版物に新種として正式に発表することです。これは論文として掲載され、これを記載論文と言います。Cyphotilapia frontosaでは(Boulenger, 1906)のように命名者名と記載年に括弧()が付いていますが、例えばAqua Lex Catalog(ドイツの熱帯魚カタログ)などの本を見ると、()がある種とない種があります。これには規則があります。()があるのは、最初の記載の後に属名と種小名の片方または両方が変更されていることを表します。つまりCyphotilapia frontosaには、記載当時は別の学名が付けられていたことになります。Cyphotilapia frontosaは当初Paratilapia frontosa Boulenger, 1906として記載されたようです。 その後Pelmatochromis frontosusを経て今の名前になったようです。属は時代とともに(調査が進むにつれ)細分化される傾向があります。

時々種小名の代りにsp.と書かれていることがありますが、これはその個体がどの種なのか同定できない場合や、種がまだ記載されていない場合に使うようです。また、Tanganjika Cichlidenでも紹介しているCyathopharynx foaeは、以前はCyathopharynx cf. furciferと表記されていることがありました。cf. furciferというのは「furciferとは違うけれど近いから参考までに」と言うような気持ちでしょうか。これらは慣用的なもので正式ではないようです。

さて、学名にはラテン語またはラテン語化された他の言語がラテン語文法にしたがって使われます。私にはこれが全く分りません。ただ、ラテン語の単語には「格」と「性」(男性、中性、女性の別)があり、学名に使用できるのは特定の品詞の特定の格に限られるらしいこと、性は語尾変化で現わされ、属名と種小名の性は一致させるのが原則だが(C. frontosaPelmatochromis属に分類されていたときにはfrontosusとなっていました)、人名由来の名前のときは例外であるらしいこと、古典ラテン語では使われないj, k, w, yのアルファベットも使っても良いことを記しておきます。実際これは難しいらしく混乱している例をよく見かけます。例えばCyathopharynx foaeCyathopharynx foaiと表記されていることもあります。これについては、Ad Konings, Tanganyika Cichlids in their natural habitat 3rd Editionに説明があります。この魚は、標本を採集したFoà氏の名前に因んで当初(1899年)Ectodus foaeと命名されました。これは、ラテン文法的には間違いでfoaiとするべきだったようです。後年、記載者も訂正しようとしましたが、人名由来の学名は訂正しないというルールがあり、文法上間違っていても正式にはfoaeとなるそうです。この種は異なる学者による複数回の記載のあと長らくC. furciferと同種とされていたようです。それでも違いがあるため、dark furciferなどと呼ばれて、C. cf. furciferなどと表記されていましたが、20世紀末、やはり別種とされ、Cyathopharynx属としてfoae種が復活しました。学名の発音については、トラディッショナル・イングリッシュ式とリフォームド・アカデミック式があるそうですが、実際には区別せず使われているようです。カタカナ表記についても、学会によっては過去に統一の申し合わせが試みられたことがあるそうですが、現在も混乱しているようです。諸外国では、それぞれの国語に近い発音で読むことが多いようです。(亜種の学名については亜種と地域変異?参照)
 

種の定義?

学名の次は「種」ですが、これは例えばCyphotilapia frontosaという個別の種をどのように定義するかという問題と、「種」とは如何なる概念かという問題の両方を含みます。国際動物命名規約では、新種を記載したときにはタイプ標本(ホロタイプ、模式標本、標準標本、基準標本)と言うその種の定義の基準となる1個体(必然的にオス・メスは片方のみになる)の標本を博物館、大学などの公的機関に保管するように勧告しているようです。魚類の標本は一般にホルマリン浸けの死体で古くなれば色は抜けてしまいます。特定の種、例えばC. frontosaという種は、このタイプ標本そのものの個体を含む種であると定義するそうです。

では、特定の属、例えばCyphotilapia属はどのように定義されるのでしょうか。属には通常複数の種が含まれますが、その中の1つがタイプ種(模式種、標準種、基準種)に指定されています(されてない場合もあるらしい)。Cyphotilapia属の場合は、frontosagibberosaのうちのfrontosaがタイプ種で、Cyphotilapia属はfrontosaという種を含む属であると定義されるようです。このように「タイプ(模式)」という概念が分類学の基本になっています。

さて、このように種を定義しても、ではそのタイプ標本を含んで何処までがC. frontosaなのか?という、種と種の線引きの問題は解決されていません。国際動物命名規約は命名法の規約であって種分類の基準には触れていないそうです。「種」という概念にも色々あるようですが、この線引きを明確に行うものとして、「生物学的種」という種の概念があります。そこでは「互いに交配可能な自然集団の群で、他の集団とは生殖的に隔離されている」ものを1つの種とします。「生殖的な隔離」にも色々あり、魚類では、生態的な違いや繁殖行動の違いで卵子と精子が出会うことが不可能な場合から、受精しても正常な発生が進まない場合、雑種が生まれても生殖能力がない場合(雑種不稔)、雑種が出来ても代を重ねるに連れ生殖能力が落ちて最終的に消滅する場合(雑種崩壊)などが挙げられます。(雑種に関しては雑種?参照)しかし、これらを確認するためには時間と労力を掛けた実験と観察が必要であり、とても全ての魚種に対して調べることは出来ません。

生物学的種は、種をその生物自体がもつ特徴ではなく、交配可能性という集団間の関係の中でのみ捉える点で思想として近代的であるとされているようですが、網羅的な解析には無理があるので、実用的には古典的な「形態学的種」という概念が適用されることが多いようです。そこでは「子孫に遺伝的に伝わる一定の形態的特徴をもち、それにより他の種とは分離している個体の集合」を種とします。したがって、これにより種を定義するためには、形態について他の種との違いがはっきりするような詳細な記述が必要になります。では、「他の種とは分離している一定の形態的特徴」とは、どの程度の違いを指すのでしょうか。これは恐らく、学会の相場というか、学会内の歴史やデータの積み重ねに基づいた常識、或いはコンセンサスのようなものがあって、上で述べた「生物学的種」とのズレがなくなるように考慮して個別の場合ごとに決めているのではないでしょうか。具体的には、ある種を定義しようとする研究者が学会誌に論文を投稿し、これを数人のレフェリー(専門の研究者が担当)が審査してOKなら、論文が学会誌に掲載され、これで一般に認められたことになるというシステムなのだろうと思います。魚類の場合、近い種を区別する形態としては、各ヒレなど体の各部分の上下前後の位置関係、ヒレの棘や条の数、特定の線に沿った鱗の数、鰓耙(鰓の内側(口の中)に並ぶ櫛状の突起)の数など形の上で客観的に判断できるものがよく使われます。数的なもの、例えば条数などは、何本から何本の間と幅をもって定義される場合が多いようです。色彩や模様、体のカーブなどマニアがこだわる部分はあまり問題にされないようです。例えば、C. frontosaC. gibberosaでは、2本の側線の間の鱗が2列ならC. frontosa、3列ならC. gibberosaとされます。見た目では、C. gibberosa の方が体高があるように見えます。ところが、実際には明確な数値での区別が難しい場合があり、Cyathopharynx furciferC. foaeでは、数で明確に表される形態的な違いが見当たらないそうです。見た目では、C. foaeの方が体高が高く、それ以外には体色、特にヒレの色が白っぽい(furcifer)か黒っぽい(foae)かで見分けるそうです。それでもこの両種は、同じ場所に棲息しながら別々の集団として生活しているという観察が、別種と考える強い根拠になっているようです。(Ad Konings, Tanganyika Cichlids in their natural habitat 3rd Edition)

以上はかなり古典的な種の解釈です。現代生物学の発展に伴い、このような古い概念では生物種の実態を捉えきれないとする観点から、生物進化論に基づいた様々な種の定義が試みられているようです。
 

雑種(ハイブリッド)?

「生物学的種」のところで出てきた「雑種」の説明です。ここでは生物学的種の概念で定義された異なる種と種の間の交配(交雑)による雑種、種間雑種について考えます。(亜種間、地域変異間の交雑については亜種と地域変異?参照。)フラワーホーンは、シクラソマと言われる一群の中米産シクリッドの種間雑種です。海水魚や日本産淡水魚では天然の雑種個体が捕獲され観賞魚店に入荷することも珍しくありません。マラウィ・シクリッドでは水槽内で簡単に雑種が生まれるようで、ディミディオクロミス・コンプレシケプス(Dimidiochromis compressiceps)とニムボクロミス・ヴェネスタス(Nimbochromis venustus)のようにかなり違って見える種間でも雑種が生まれるようです。タンガニイカ・シクリッドでも近縁種同志では交雑が見られるようです。

雑種は両親から異なるタイプの遺伝子を受け継いでいるため、環境への適応力が強い場合が多く、これを雑種強勢と言います。また、雑種の多くは子孫を残すことが出来ないようです。これを雑種不稔と言います。このような雑種の性質は産業として生き物を生産する側には有利な条件なので、農水産業には積極的に利用されています。

さて、雑種個体はちゃんと生きているのになぜ子孫が出来ないのでしょうか。これは配偶子(精子、卵子)が形成されるときの染色体の動きで説明されます。通常の動物は二倍体と言って(三倍体、四倍体の動物もいますが)、オス親から1セット、メス親から1セット、合わせて2セットの染色体をもっています。つまり同じ染色体(厳密に言えば個体差の基になる程度の僅かな違いはある)が2つずつあり、この互いに同じ染色体を相同染色体と言います。精子(卵子)が出来るときには減数分裂と言って、精母細胞(卵母細胞)といわれる二倍体の細胞が分裂して1セットだけの染色体をもつ一倍体の細胞になります。このとき染色体は分裂後の2つの細胞に正確に1セットずつ分配されなければなりません。このため、精(卵)母細胞は分裂前に一旦全ての染色体に相同染色体同士でペアを組ませ(これを染色体対合と言う)分裂時に各ペアを引き離すように分配します。雑種の二倍体細胞ではオス親由来の染色体とメス親由来の染色体の数が異なったり、構造が大きく異なったりするため、この染色体の対合と分配が正確に起こらず、完全な染色体のセットをもった精子(卵子)が出来ないのです。

また、雑種1代目は子孫を残すことが出来ても代を重ねるごとにその確率が減り、やがて消滅してしまう場合もあります。これを雑種崩壊(ハイブリッドブレークダウン)と言います。これは雑種不稔の場合よりも親同士が近い種の場合に見られるようです。この場合は、上で説明した減数分裂のときの染色体対合と分配が、一応は巧く進むようです。では、どのようなメカニズムで雑種崩壊という現象が起きるのでしょうか。実は染色体対合で相同染色体がペアを形成したとき、このペアの染色体の間で同じ位置にある部分を交換し合っている、つまり組換えが起こっているのです。通常は同じ染色体同士で同じ部分を交換し合うので染色体としての機能は変わりませんが、雑種の場合は同じ部分の交換と言っても、もともと違う種の染色体同士なので、この組換えによってある確率で、機能しない染色体、あるいは、他の染色体との調和に欠ける染色体や同一染色体上の遺伝子間の調和にかける染色体になってしまいます。この染色体を分配された精子(卵子)からは正常な発生が起こりません。これは確率的に起こり、世代を重ねるごとに組換えが繰返されるので、それに連れて子孫を残し難くなっていって、最後には消滅します。戻し交配(雑種を片方の親種と交配すること)でも、雑種崩壊が起こるそうです。

両親が互いに異なる生物学的種である場合には、雑種不稔、雑種崩壊のため雑種はやがて消滅しますが、異なる形態学的種に分類されているものが、実は同じ生物学的種であったと言う場合には上とは全く異なる結果となります。アフリカン・シクリッドの場合、この可能性もあり得るのではないでしょうか。

ところで、異種間の交配により生まれた最初の雑種(第1世代)をF1、以下世代を重ねる毎にF2、F3と言いますが、これは雑種に使う記号で純血種には使いません。したがって、よくある「ドイツF1フライエリー」のように純血種の水槽内での世代数を表すために使うのは厳密には誤りです。同種間の子孫であっても、野生型と変異型、異なる地域変異間、多型による異なる型の間など、遺伝的に異なるものを交配してその遺伝に注目する場合には使用します。(亜種と地域変異、多型と突然変異の項目参照)ただし、「F」が由来する「filial」は単に「子供の」という意味に使われることが多いので、慣用的には単に世代を表すのに使って良いのではないでしょうか。
 

地域変異?

属名、種小名が同一の魚は1種のみです。しかし、学名が同じ魚は全部同じではなく、地域変異型と言うものがあります。同一種の魚が、タンガニイカ湖内の各地で採集されることがあります。この採集地によって少しずつ魚の形質が異なっていることがあるのです。色・形のみでなく性格・生態も異なると言われています。また、目に見えない体質的な面でも違いがあるとされ、飼育や繁殖の難易度が異なるとも言われます。このような違いが重視される魚種は、この採集地名(地域変異名)(採集した船が着く港や魚のストック場のある土地の名前のこともある)を種名の後ろにC. foae “Moliro”のように付けて販売されます。これが判らなくなっていたり、地域変異型間の交雑個体と思われることもあります。また、トロフェウス・モーリィ “レッドレインボー”(Tropheus moorii “Redrainbow”)のように、産地名ではなく形態や色彩を表す言葉が付いていることもあります。この例では、Kasangaという産地のT. mooriiは、配色に特徴があり人気が高いので、T. moorii“Kasanga”と同義でT. moorii “Redrainbow”と表示しているようです。同様に、キフォティラピア・ギベローサ、フロントーサでは、”ブルームピンブエ”のように、色と産地の組み合わせの場合もあります。これらは、天然下の個体群の性質を表していますので、ディスカスなどの改良品種につけられた「品種名」とは違います。

ここで注意しなければならないのは、地域による形態の違いは、各地域の個体の平均を比べたときに現れる特徴であって、個々の個体を一匹ずつ見た場合にはその特徴が強いものもあれば弱いものもあるということです。2つの地域集団で特徴が大きく異なっていれば、ある個体を見たときそれがどちらに属するのか判断できますが、地域集団間の特徴の違いが小さい場合には、それぞれの集団のもつバラツキ(個体差)の範囲に重なる部分ができて、ある個体がどちらに属するのか区別出来なくなります。これは、「見る目」の有る無しによらず、見た目での判断が不可能な場合があると言うことです。極端な場合、同じ特徴をもった個体群が広く分布しており、その中の異なる地点で採集したと言うだけで別の地域変異名が付いている場合もあり得ると思います。

地域による違いには「異所性」がある場合と「クライン(勾配)」がある場合があるようです。異所性と言う用語は、離れた地域に別々の集団があって、それぞれ集団としての特徴をもっているのですが、各々の集団の中での個体差についてはその地域内の場所とは関係がないときに使われます。2つの地域が隣接していて、その境界線上では集団間の交雑が起こっているような場合も異所性があると言うようです。一方、クラインと言う用語は、ある種が広い地域に連続的に分布しているとき、その地域内の場所により連続的に形態の特徴が変化している場合に使われます。もちろん個体差によるバラツキはありますが平均して見ると、例えば「北から南へ行くに連れ徐々に青くなる」と言うような場合です。

これらの地域集団による差異の多くは、各集団間の遺伝的な素質の違いによると言われます。しかし、全ての遺伝的素質と言うものは多少なりとも環境的な条件が整ったときにのみ十分に発揮されます。分布地域が広い魚種の場合、場所によって水質、餌の量や種類、日照、地形、温度、敵や競争相手となる生物の種類など様々な環境条件が異なります。地域による特徴がこれらの環境要因によって、遺伝的にではなく「生理的」に現れている場合もあるはずです。例えば、ある地域の個体群は色が黄色いが、それはその地域では黄色の色素を含む餌が多量にあるためで、黄色くなる遺伝的要素は他の地域のものと何ら変わらないという場合です。逆に、ある地域の個体群は同じ餌でもより黄色くなるという場合は、遺伝的素質が大きいことになります。しかしそれでも、多少なりとも黄色い色素を含む餌という環境要因がなければ黄色いという遺伝的素質が発揮されないことになります。

特定の地域変異名の付いた魚を入手しても、一つは遺伝的な個体差、もう一つは飼育環境の不適合で、必ずしもその地域変異の典型的な形質には育たない場合があると言うことです。当たり前の結論になりますが、自分が好む遺伝的素質をもっていそうな個体を選び、その形質が現れそうな環境で飼育することが肝要です。若い個体でも、体型、体色など、よく見ると僅かな個体差があり、成長に連れてそれが強調されてくると言われています。
 

亜種と地域変異?

上で説明したのは「地域変異」であって「亜種」ではありません。(「地域変異」という用語は正式な分類学ではあまり使われないようです。)地域変異と亜種はどう違うのでしょうか。形式的には亜種として実際に記載されているか否かの違いですが、概念としては、形質の差異の程度の違いです。亜種とは、「生物学的には安定な交配が可能な同一の種であるのに、地理的な隔離のため天然下では生殖的に交わらない複数の集団があって、集団間には明らかな形質の違いがある」場合に定義されるようです。例により、「明らかな形質の違い」とはどの程度の違いなのかはっきりしませんが、これもやはり、形態学的種の定義のところに書いたような分類学会の歴史的・経験的な常識から決まってくるものと思われます。ただ、魚類の分類は完成している訳ではないので(全てを網羅するのはとても無理)、今は地域変異として扱われているものが、将来的には亜種として記載される可能性もあるのではないでしょうか。アフリカン・シクリッドで亜種が定義されているものはないと思いますが、シクリッド全体を見ても、有名なところでは2種5亜種に分類されているディスカスくらいではないでしょうか。

亜種が記載されると亜種小名が付けられ、正式な学名としては、例えばPolypterus bichir lapradei(ポリプテルス・ビキール・ラプラディ)のように属名、種小名、亜種小名の順に記される三名式命名となります。ちなみに属の下に亜属を定義する場合もあるのですが、熱帯魚には亜属の定義された例はないと思うので仮想的な名前で説明すると、Abcdefg (Hijklmnopqrstuvwxyzのように()に入れ頭を大文字にして属名の後ろに挿入するようです。さて、亜種の名前の付け方をPolypterus bichir の例で説明しておきます。この種はPolypterus bichir Lacepe’de, 1803として記載されており、タイプ標本がどこかに保管されているはずです。これを2つの亜種に分類する場合、このタイプ標本の個体を含むほうの亜種を基亜種として、亜種小名を種小名と同じにし、Polypterus bichir bichir Lacepe’de, 1803(ポリプテルス・ビキール・ビキール)、別のほうに新しい名前を付けてPolypterus bichir lapradei Steindachner, 1869とするようです。地域変異(採集地)名やブルーなどの形質を表す言葉は亜種名ではありませんので、()や””を付けるのが適当です。

亜種や地域変異型というものは、自然界では地理的な障害で交雑しないだけであって、基本的には同じ生物学的種ですので、同じ水槽で飼育すれば交配は普通に起こり、その子孫は雑種不稔や雑種崩壊で消滅することなく累代が可能となります。その形質は個体ごとに片方の親に類似していたり中間的であったりするでしょう。この中から片方の親に似たものを選別交配しても、遺伝学的に親と同じものに戻すことは不可能です。魚類には恐らく2−3万個の遺伝子があり、これが代毎に(雑種(ハイブリッド)?の項目で説明したように)染色体の組換えによって相同染色体の間で部分的に交換されるので、片親と完全に同じ染色体にはもう戻らないのです。天然下でのバラタナゴの遺伝子汚染が問題になっていますが、アクアリウムの世界の中でも交雑を広げないように注意したいものです。(遺伝子に「汚染」という言葉を使うことに違和感をもつ方もいると思いますが、科学用語としての「汚染(contamination)」は、混入という意味でも使われます。砂糖に塩が混入しても「汚染」です。)
 

多型と突然変異?

一つの種の中で遺伝的な原因により型質的に異なる個体は、地域変異や亜種の場合以外にも現れます。一つは遺伝的多型と言われる現象です。例えば、ヒトの血液型のように同じ集団の中にA、 B、 O、 ABと異なる型が共存することを言います。ペルヴィカクロミス・タエニアータス(Pelvicachromis taeniatus)のある地域集団では、メスの背ビレの後方部分に目玉模様が有るものと無いものという多型があると言われています。キプリクロミス・レプトソーマ(Cyprichromis leptosoma)などの模様にも多型があるようです。

もう一つの型質的差異の原因は突然変異です。突然変異とは染色体上の遺伝子自体に親にはなかった変化が起こることです。明色部分がなく全身が暗色、つまり縞模様がない真っ黒なフロントーサを見たことがありますが、これは恐らくグアニン色素を欠く突然変異体(ミュータント)だと思います。発生学の実験に使われるゼブラフィッシュ(実験生物学ではゼブラダニオをこう呼ぶ)では数十種類の形態異常の変異体が系統化されているそうです。卵胎性メダカなどでよく見られる、ヒレが異常に伸長する、体が寸詰まりになるなどの突然変異は、基本的には他の魚種でも起こり得ると思います。ただ、魚種により変異の発生頻度が低かったり、変異体の生存率が低かったり(場合によっては生存不能=致死性変異)するのだと思います。

メラニン色素が形成されず体色が白っぽくなるアルビノ個体は、チロシナーゼというメラニン合成に関わる酵素の遺伝子の突然変異で生まれます。完全なアルビノは目が赤くなりますが(グッピーで言う、リアルレッドアイ・アルビノ、RRE)、目はやや黒いままの場合もあります。この違いは、チロシナーゼが完全に機能を失っているか、部分的に機能を残しているかによるそうです。近年、フロントーサのアルビノも名前に”レッド”などの言葉が付けられて流通しています。それは黒っぽさが抜けるだけでなく、青っぽさも抜けて赤くなっていますが、その理由はメタリック・ブルーの項目を参照して下さい。アルビノは一般に単純な潜性(劣勢)遺伝をすると言われ、もしオス、メスが揃わなくても、アルビノと野生型個体の交配で得られた子供を親アルビノと戻し交配すれば、高い確率でアルビノの系統(アルビノばかりの家系)を樹立できるはずです。これを突然変異の固定と言います。突然変異体はミュータントと同義ですが、形態学的にはヴァリアント、ヴァラエティなどとされ、慣例的に学名の後ろにvar.と付けることがあります。因みに体色が白い個体には、アルビノ変異体の他にリューシスティック個体があります。これは、チロシナーゼ遺伝子は正常ですが、色素細胞の分布に異常がある(発生の途中での神経堤:neural crestから体表への色素細胞の移動が異常)と考えられていて、この現象をリューシズムと言います。目の色素細胞は体表の色素細胞とは起源が違うため、体は白くても目は黒い点でアルビノと見分けられるようです。

形態的な差異のある個体を指して、「変種」「品種」などと言う場合があります。「変種」「品種」は国際植物命名規約には定義されているらしく、植物ではこれらも学名化した4名式命名法と言うものがあるようです。しかし、動物では正式には定義されておらず、慣用的に「変種」は種以下のレベルで差異のある様々な場合に使われ、「品種」は、異なる形質をもつ個体の交配や突然変異の固定で人為的に樹立された、自然界には存在しない形質(または形質の組合せ)をもつ系統または個体を指すことが多いと思います。雑種第1世代のように安定に累代できないものも品種と呼ぶことがあります。
 

ワイルドとブリード?

観賞魚に見られる様々な差異を考えるとき、ワイルド個体(野生採集個体)とブリード個体(繁殖個体、養殖個体)の違いも重要になってきます。ワイルド個体はwild caughtの略でW.C.、ブリード個体はcaptive bredの略でC.B.と表記される場合があります。(爬虫類ではよく見かける表記ですが魚ではあまり一般的ではないかも知れません。)

ワイルド個体とはタンガニイカ湖で生まれ育った個体を人が捕まえて、飛行機(と自動車)で日本へ送って来るものです。専門店にはアフリカからの日本直行便(フライト自体がノンストップなのではない)も入るようですが、多くはドイツ経由で、マイアミ経由などもあるようです。タンガニイカ湖は1960年代には、当時の文部省関係の大型予算で京都大学を中心とする学術調査隊が派遣されていたほどの僻地なので(魚や霊長類の研究は今も引き継がれています)、そこから日本へはかなりの長旅になると思います。長時間袋詰めにされて飛行機や自動車に揺られて来るのですから、魚にとってはかなりのストレスになります。直行便の場合は、到着時の魚の疲労が少ないと思われます。ドイツ経由などの場合は、単にドイツの空港を通過するのではなく、一旦ドイツ国内の業者のストック場で飼われ、そこから注文に応じて日本の熱帯魚店へ発送されることが多いようです。このときの業者の扱いが大きな問題らしく、悪ければドイツまでの輸送のダメージをさらに広げてしまい、良ければ回復すると言われます。輸入の経路に拘るのはこのような理由からです。

ワイルド個体の場合、漁がなければ魚は来ませんので、何時でも欲しいものが手に入ると言う訳ではありません。アマゾンの魚のように雨季には増水で漁ができないと言う程のことはないようですが、輸入されてくる魚種、特に幼魚には季節性があるようです。不人気な地域変異は採集することが少なく、また、採集が難しい地域もあるようで、年単位で待たなければならないこともあるようです。専門店ではドイツなどの輸出業者のストック状況を常に把握しています。また、業者によってはWEBで見ることが出来るところもあります。(2020年台に入り状況がかなり悪化しているようです。)ワイルドの場合、輸入される魚のサイズは色々です。

ブリード個体というのは、飼育下で繁殖させた魚です。繁殖の親魚としては、ワイルド個体を使う場合とブリード個体を使う場合があります。飼育下で世代を重ねていないものの方がワイルドに近い形質をもつと考える人が多く(飼育下での累代は近親交配にもなりやすい)、ワイルド個体を親魚としたブリード個体は、F1と表記して他とは区別していることがあります(このF1表記は雑種という意味ではありません、雑種?の項目参照)。ブリード個体は何処から来るのでしょうか。アフリカにも養魚場があるようですが、多くは、ドイツ、アメリカ、東南アジアで養殖されています。ブリード個体はいわば生産される訳ですから、農業や栽培漁業と同様、同じ種類の魚でも品質と言うものが異なります。血統の管理や幼魚の扱い方(幼魚期の環境は成長後の形質に大きな影響をもつとも言われます)など、ブリーダーによって異なり、生産される魚には違いがあるようです。この点は見る目のある人でないと分らない部分もあるのですが(私にも良く分りません)、ドイツでブリードされたものがブランドとして確立されているようです。東南アジアでブリードされたアフリカン・シクリッドは、過去に(今でも?)交雑の疑いのあるものや、奇形のあるもの、ホルモン剤を使用して無理に発色させたものがあったとされ、マニアには人気がありません。値段は安いのが普通です。稀に国産のものも売られています。この多くは個人で繁殖させたものですが、稀にプロが繁殖させた幼魚の場合もあるようです。国産ですので始めから水質など日本的な環境に適応していて飼いやすいと思われますが、品質は様々だと思います。ブリード個体は数cmの幼魚で売られることが多いようです。熱帯魚店に問い合わせればストックを確認して貰えるでしょう。

さて、ワイルドとブリードの違いですが、ワイルド個体の色や形は本来の環境で遺伝的な素質が発揮されたものであり、その種(地域変異)本来の形質を見ることが出来るという魅力があります。ただ、天然下から水槽への環境変化に適応(アダプト)させることが難しいようです。巧く飼えなければ当然、成長に伴って色や形が本来のものとは異なってくるでしょう。ブリード個体は飼い易いようです。ブリード個体が水槽飼育に適応している理由としては、幼魚期には環境に適応し易いこと以外に、水槽内で繁殖する親魚は(全ての個体が水槽内繁殖する訳ではない)もともと水槽内の生活に馴染み易い遺伝的素質をもっている、受精卵からの発生の過程で、水槽内の水質に適応できる素質をもったものだけが幼魚まで育つ、なども考えられると思います。

最後に購入するときの大きさによる違いです。一般に言われることとして、小さいものは体力が弱く大きなストレスには耐えられない(つまり死に易い)が、適応力は強く環境に馴染むことが出来れば元気に活動するようになる。成長後の形質は飼育方法に大きく依存する。大きいものは体力があり簡単には死なないが、適応力がなく調子が上がるのに時間がかかる。ある程度成長しているので、もう形質が大きく変わることは少ない。以上の様ではないでしょうか。
 

メタリック・ブルー?

青の発色が重視される魚種は多く、”ムピンブエ”(産地名)などブルー系と言われるギベローサ(フロントーサ)が完全発色すると、全身がマラウィ・シクリッドにも匹敵するメタリック・ブルーに輝くと言われます。メタリック・ブルー発色のメカニズムは、今、工業的にも注目されている構造色(干渉色)というものだそうです。(追記: 初稿掲載の2003年頃、熱帯魚関係の書籍で構造色の説明は少なく不正確だったのですが、その後、アクアライフ2008年2月号p56−57「カラフルな魚たちの体色とその変化の仕組み」に研究者による解説が掲載されました。)構造色は青とは限らず、キアソファリンクスの金属的な玉虫色も構造色です。

銀色に輝く魚は沢山いますが、これは皮膚の裏側にグアニン色素の結晶で出来た「反射小板」を含んだ細胞が並んでいて、これが光を反射するため銀色になるとされます。グアニンとはDNAに含まれる4種類の塩基の一つですが、ここではそれとは関係なく結晶化したとき反射性をもつ色素として機能しています。この細胞内で反射小板は複数の層を形成して並んでいる場合があり、そのような魚の体表では光が僅かに奥行きの異なる複数の面で反射されるため、その反射光では位相の異なる光が重なり合って光の波の干渉が起こるため特定の色に見えると説明されます。これを「多層膜干渉モデル」と言うそうです。しかし、これだけではCDの裏側のように見る角度により色が変化するはずでが、多くの魚では見る角度によらず殆ど同じ青色です。これは同じくメタリック・ブルーを呈するモルフォ蝶の羽の最新の研究から、多層構造が切れ切れの小さな部分に分かれており、それぞれの小さな部分が層構造に垂直な方向にランダムに少しずつずれていることに由来する光の回折のためであると言われています。

しかし、これだけでしょうか。これがメタリック・ブルー発色のメカニズムの全てだとすると、発色はグアニン色素で構成される反射小板のみによることになります。ならば、グアニン色素は正常でメラニン色素が欠損しているアルビノの魚でも同じような発色になるはずです。マラウィ・シクリッドのアルビノでは、銀色、青色ともにはっきりとは見えなくなっています。また、グアニン色素は全ての色の光を反射することから、本来は銀ではなく白の色素です。多層膜緩衝のみでなく、皮膚細胞内のメラニン色素が透過する光の特定の波長のみを吸収することが、銀や青の発色には必要なのではないでしょうか。

さて、魚類ではグアニン色素の合成は甲状腺ホルモンで誘導されると言われています。また、魚種によってはこの甲状腺ホルモンでメラニン色素の合成も誘導される例があるようです。甲状腺ホルモンは魚でも人でも同じ分子構造だそうですが、これはオタマジャクシのカエルへの変態を促すホルモンとしても知られているように、成長ホルモンと共同して全身の様々な組織に作用するホルモンです。魚での色素合成の誘導はそのほんの一例になります。甲状腺ホルモンの分子にはヨード(ヨウ素)原子が含まれており、ヨードが不足するとグアニン色素の合成が十分に進まなくなると思われます。ヨードを含んだ水質調整剤や海藻粉末を含んだ餌を与えることでヨード不足は防げると思いますが、魚にヨードを大量投与してもギラギラになる訳ではないと思います。

魚の体色の明暗は時々刻々変化しています。体色の明暗を決めているのは顆粒状のメラニン色素を含む細胞だそうです。体色の明暗変化には定説があり、メラニン顆粒の細胞内での運動性で説明されます。メラニン顆粒は細胞全体に拡散したり狭い範囲に凝集したりして、拡散すると体色は黒っぽくなり凝集すると白っぽくなります。この顆粒の運動は色素胞神経という神経とメラトニンなどのホルモンで支配されていて、急激な体色変化の場合は神経、中期的な変化の場合は両方が関与するようです。さらに長期的な体色変化としては、メラニン顆粒やメラニンを含む細胞の増減が起こるそうです。

魚の他の体色、赤と黄は赤い色素と黄色い色素による発色です。色素による発色の原理は、色素中の電子が特定の波長の光を吸収するため、吸収されなかった波長の光が反射光として目に見えると説明されます。